「通り道」

Twitter300字SS 第九十二回参加作品
お題「来る」
ジャンル：オリジナル / 単品 / ある平凡な日常のひとこま
注意書き：特になし

---

　キッチンの換気扇を外して掃除していたら娘が来た。週末だから遊びに連れていけなどと言い出すか。身構えていたら、なぜか壁の穴を見上げて喜んだ。
「とおりみちだ！」
「通り……何の？」
「サンタさん！」
　そういえば何日か前、サンタの絵本を読み聞かせたら「えんとつってなに」「どうしてそこなの」と細かいことばかり気にして話が進まなかった。まさか、煙突のない我が家の場合はどう入るのかとずっと考えていたのか。
　きれいにした換気扇を元に戻したら涙目で懇願された。
「サンタさんくるときは、はずしておいてね？」
　そのうち忘れると思いきや、今のところ毎日壁をチェックしている。あの人がクリスマス前にやって来るのは歌の中だけなのに。

---

ここまで企画を取りまとめてくださったいぐあな様、お疲れ様でした。
そして毎月様々な作品を披露してきた皆様、Ristaの作品にいいねをくださった皆様、ありがとうございました。


クリスマスが今年もやってくる。
というシンプルな「来る」を最後に持ってきて、本当はもう一つくらい書きたいところでしたが間に合いそうにないので打ち止めにしました。
思えば途中から参加し始めたこの企画、いつも本文の着手も完成も割とギリギリでした。
日課の140字SSを書いた直後は300字が浮かばず、逆に300字をひとつ仕上げると140字のほうが浮かばない、などと苦戦したのも振り向けばいい思い出。
本やweb連載の原稿も一日数百字が限度、1,000字進めば調子がいいといえる遅筆タイプの自分でも、ちゃんと最後まで書ききれる手頃なサイズだったんですね。300字って。

さて、ここまで書き続けた300字作品の多くは現代もの、日常もの。ファンタジージャンルの小説書きの割に不思議要素少ない話ばかりというのが逆に不思議ですね。
テキレボの方でポストカード企画に出していたものも割とそうでした。
そんな300字作品をこのままブログに置きっぱなしも何なので、「ストレイトロード」などのシリーズ系統を除いた単発ものを、小さな本にまとめてみようかと考えています。
年明けの文学フリマ京都への参加が決まりましたので、そこ合わせの新刊のつもりで。
表紙も構成も今から考えるくらい漠然とした話ですが！
そういえば久しぶりの新刊！がんばろう！

close

「ある目撃者の震撼」

Twitter300字SS 第九十一回参加作品
お題「謎」
ジャンル：オリジナル / 近未来冒険FT『ストレイトロード』から
注意書き：特になし / 本編未読でもたぶん大丈夫です

---

　ただ一度、決定的な事件を目撃した、それだけで人生は変わるのか。
　専門家でも犯罪者でもないのに連日警察へ呼び出され、軍からも電話が来た。番号が本物だと確認してからソファーに身を沈める。
　嫌でもあの日を思い出した。
　青い炎。何が爆発したのか。どうして巨大生物は車列に飛び込んだのか。
　調べ始めたら今度はメールが来た。差出人は有名な化け物ハンターだ、マジかよ。そいつも目撃証言が欲しいらしい。どうやって俺の存在を知った？
　恐ろしくなって画面を切り替えた。古い写真とネットの記事を合成するくらいならAIに頼らなくてもできる。
『この謎を解けたら取引に応じてもいい』
　存在しない写真の現場を求めて地球の果てまで行ってしまえ。

---

日課の140字のお題で同じ単語を使うことにして先に話を書き、同じセリフを使って300字も仕上げました。140字のほうはツイッターを参照。
毎回その場の即興で「舞台上の出来事」を考えているだけなので、作中の年表上重要な問題とか背景とか、そういうのはないです。これから生える土台になるかもしれませんが。

close

「流れ行く年月」

Twitter300字SS 第九十回参加作品
お題「流れる」
ジャンル：オリジナル / とある普通の世界の話
注意書き：特になし

---

《おれ流年かもしれない》
　唐突なメッセージをよこした友人は昔から国語が苦手だった。小学生レベルの漢字を間違え続ける高校生から志望校合格の報せを受けたときは、正直ドッキリか悪意を疑った。
　その一年後にこれだ。変換ミスに気づいているかも怪しい。他大の学生にフォローできることなんかほとんどないし、諦めてまた一回生をやってもらうしかないか。そこまで考えたけど進言はせず、何か言われても流そうと決めた。
　無難な返答を入力していたら、ふと思った。変換候補にあったから選んだのではなく、本人の中では意味深な造語のつもりなのか。
《勉強がんばったのに。全部ムダな時間だったって意味なんだろ？》
　ミスしたのは選択ではなかった。

---

8月は疲れ切っていたので何も思い浮かばず参加を見送り、２ヶ月ぶりの300文字です。
眠気と戦いながら書ききりました。

さて、今回は冒頭の一文をふと思いついたことがすべて。
日課の140文字の方で同音異義語や普段使わない単語を意識する機会が多いので、ネタにしようと思ったのは良かったのですが、話の流れを定めていないせいでオチには悩みました。

なおタイトルは「意味を間違えて覚えている単語」の本来の意味です。

close

「料理の基本」

Twitter300字SS 第八十八回参加作品
お題「洗う」
ジャンル：オリジナル / とある普通の世界の話
注意書き：特になし

---

　料理人見習い、最初の担当はひたすら洗い物。新人にきつい仕事を押しつけて楽をしたいだけでは。不満をスマホに入力していたら、チーフに見つかって一喝された。
「片付けまでが料理だ。まずは洗い方を完璧に覚えろ。てめえの使ったもんをてめえで洗うこともできないやつに料理で商売する資格なんか、ない」
　道具や食器の形、用途、汚れ落ち。完璧にと言われても、まず覚えることが多すぎる。
　ようやく慣れてきた頃、友人の家で手料理を振る舞われた。
「結構うまい」
「本当に！店とか出せるかな？」
　目を輝かせる友人の背後を見た。雑に積まれた皿やレトルト食品の袋がカウンターキッチンの奥に隠しきれていない。
　チーフの言葉がようやく腑に落ちた。

---

7月は一ヶ月かけてひたすらお題に挑んだり長編の原稿に悩んだりする予定なので6月中に、と思っていたら本当に本文が6月中に仕上がりました。

「最初は皿洗い」はフィクションでよく見る話というイメージで、実際は場所や規模や考え方によりけりだと思いますが。
もしその方針に意味があるならこういうことかな、と考えています。

自炊とはわけが違うジャンルほど、道具の種類と取り扱いは重要になるし。
あと、この段階で失敗しまくる人（頻繁に皿を割るとか怪我をするとか）に包丁を握らせるわけにはいかないし。
ちゃんと洗ったかも怪しい皿で料理を出された客がどう思うか、に気づかない人は論外だし。

ちなみに自分自身はファストフード系の調理場でバイトした経験があります。
皿洗いではなく食洗機……や清掃を含めた全部の持ち場を順に教わってシフトに入っていたのですが、ほとんどの担当でなかなか手際が良くならず、あっさり後輩に追い抜かれていったので継続を諦めました。

close

「書果」

Twitter300字SS 第八十七回参加作品
お題「手」
ジャンル：オリジナル / どこかの世界の話
注意書き：特になし

---

　手塩にかけて育てた本が収穫期を迎えて全国へ出荷されていく。
　息子は「最近は本離れが深刻だから」としきりに減産を勧めてくるが、昔からよく言われることだ。それよりうちの本を待っている人たちがいる限りは期待に応えねばと今年も張り切った。
　もう何年も前の話だが、空前の人気を博したあのシリーズの新作が店に並んだ日を、並べたそばから手に取られていく本たちを思い出す。人々は店の外へ出るなり早速その奥深い世界を味わっていた。
　過ぎ去った成功の再来を求めて作り続けるわけではない。あれほどのブームはそうそう起きなくても、良いものは必ず誰かに届いて栄養になる。心に染み、悲しみを溶かす。手に馴染み、寄り添う友となるはずだ。

---

久しぶりに「開始前」に完成しませんでした。
ファンタジー的な設定をイメージする人と、たとえ話としてとらえる人がいるかと思います。どちらも正解です。
作り手が抱く思いには、どんなものを作っていても共通するものがある、はず。

この2ヶ月で2回文学フリマに出たときの気持ちをまだ引きずっているのは自覚しています。
次の収穫に向けて頑張らなければ……

close