Party Syndromeの現場に踊る足跡の記録。
事が動くなら、ついでに1年越しの伏線を拾いに行こう。
久しぶりのカフェパ舞台裏話。
久しぶりのカフェパ舞台裏話。
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『それで結局、申し出は受けることにしたんですか?』
問いかけに答える者はない。
といっても、部屋に誰もいないわけではない。しかし聞き流されているわけでもない。単に居合わせた聞き手が誰一人として口を開けない状態にあるだけで、ちゃんと耳を傾けてくれていることは、話し手も承知している。
だから言葉は続く。
『いいお話だと思うんですけどねぇ。お相手もなかなか良い方だそうですし』
「別に縁談じゃねーんだから……」
ようやく返答があった。
口を開いた男は床に座り込み、肩にかけた毛布で体の大部分を覆っている。その毛布から出した両足の方を見ると、緑の和服を着た幽霊が男の片足に筆で何やら書き込んでいた。実は毛布の下は素っ裸で、既に足裏を除いた全身に、経文とも呪文とも文字化けともつかない記号がびっしりと書き込まれているのだった。
『分かってますよ。何しろ自らの生死に関わる話です、慎重になるのも無理はありません』
「問題はそこじゃないと思うんだけどなぁ」
「あいつと手を組んで、餌が手に入る以外に良い事があるかって意味?」
「ううん、そっちでもないよ。……はい、両足終わり。念には念を入れとこうか、尻尾出してー」
次いで会話に参入してきた幽霊の少年が立ち上がり、男にも立つよう促した。きょとんとした表情だけを返してくる相手を見て、「そういえば教えてなかったね」と再びしゃがみ込み、男が毛布の他に唯一身につけている装飾品――銀の鎖に繋がれた頭蓋骨(スカル)のペンダントトップ――を指さして何か教え始める。
最初に話を振った声の主に説明内容は届かなかった。男の斜め後ろに置かれた大きな作業台の上から、盛大ではないが耳障りな電動ドライバーの音が発生したからである。
「……あの、セラさん」
『何でしょうか?』
問いかけたのはドライバーの持ち主、ツナギ姿の灰色髪の少女。
答えたのは最初の声の主、一見ただ作業台に置かれているだけの、ナエトルのぬいぐるみ。
「今、手首の火炎放射器をチェックしてたら、こんなものが」
少女は両者の間に横たわるものをドライバーの先端で示した。それからぬいぐるみの首が動かないことを思い出し、ドライバーを置いた手でぬいぐるみを抱えて、その顔を問題のものへ正対させた。
目を閉じて横たわるバシャーモの身体。胸の羽毛の下に隠れた蓋が外され、金属製の骨格(フレーム)や小型の計器類などがむき出しになっている。胴体同様に開けられた左腕も肘から先の外枠が半分取り除かれていて、手首に炎を供給する器官と人工筋肉、七色の配線(ワイヤーハーネス)が見えていた。
問題は配線を巻き付けられた、生物で言う尺骨と橈骨(とうこつ)に相当する金属の棒だった。
チューブで包まれたコードが肘から手首まで縦に走るなら、横にもう一組。
骨とコードをまとめて束ねるように、無数の細い鎖で作られた腕輪がはめられていた。
『ああ、これは……はは、面白いことを考えましたね……』
「……ど、どうしたんですか?」
ぬいぐるみに声を吹き込む人物が、心底おかしそうにくつくつ笑い始めた。
疑問符を浮かべる少女にはお構いなく。
『ああ、失礼、あんまりにもおかしくて。……これ、私が彼に贈ったものなんです。確か一昨年のクリスマスだったかと』
「え、そうなんですか!?」
「一昨年のクリスマスっつーと、あのブレスレット? あれって確か2本1組じゃなかったか?」
若干姿勢を変えながら男が口を挟んでくる。わずかな間に何をしたのか、毛布の下に金色の尻尾が揺らめいていた。自由に動くのは8本。幽霊の手がもう1本を捕まえ、ふかふかの体毛の間をかき分けて地肌に筆を滑らせている。
中腰になっても彼は少女に背を向けたまま、振り向きもしない。少女も彼の方は絶対に見ない。
台に置かれるついでにそんな二人の様子を見て、ぬいぐるみはもう一度、くすっと笑う。
『ええ、2つ送りました。もう1つはそこに見あたりませんか?』
「ここにはないです。……まさか、右腕にも」
「いくら何でもそれはねーよ、だいたい体ん中に仕込んでるって時点で意味不明だし。普通ブレスレットは手首の上からかけるもんだろ」
「手首につけたら炎で溶けるからじゃないかな。あ、動かないで、文字が歪んじゃう」
自分の身体に謎の細工を施した張本人は作業台の上で目を閉じている。
より正確に言うと、サイドテーブルの上に飾られた水晶玉の中で眠っている。
『でしたら、もう1つはきっと別の場所に、大事にしまってあるんでしょうね』
ぬいぐるみの中で、あるいはこの部屋ではない別の場所で、ぬいぐるみの持ち主は微笑む。
「別の場所、ねぇ……」
再び幽霊の指示により男が立ち上がった。
大きく動いたことで肩から毛布が滑り落ちる。彼はとっさに伸ばした手でそれの裾を捕まえ、とりあえず腰に巻き付けて前だけ覆った。密集した尻尾が邪魔で体の後ろまでは回せなかったが、その尻尾を広げれば必要な範囲は隠せるので問題はない。
ぬいぐるみの方を見やった顔ももちろん、およそ皮膚のある部位すべてに筆が入れられ、鎖のように文字が連なっていた。ご丁寧に耳たぶまで。
『それで結局、どうするんです?』
「今書いてるこれのこと? もしあの子が本気で本部長を呪ってきてもこれで防げるから、しばらくは時間稼ぎながら様子見だね。目を覚まして本気出して襲ってこられたら、今の僕らには対処法ないでしょ?」
『いえ、そっちではなく、縁談の話です』
「…………」
「…………」
『……何かまずいこと言いました?』
「別にー……」
話が振り出しに戻った。
この最初の問いに、正確で明瞭な答えを出せる者は最後まで現れなかった。
例の島のほぼ真北にそびえる火山、その山頂にてある“契約”が交わされるのは、この会話からちょうど一日後のこととなる。
その相手が話題にしていた「縁談の相手」ではないことを、彼らはまだ知らない。
『それで結局、申し出は受けることにしたんですか?』
問いかけに答える者はない。
といっても、部屋に誰もいないわけではない。しかし聞き流されているわけでもない。単に居合わせた聞き手が誰一人として口を開けない状態にあるだけで、ちゃんと耳を傾けてくれていることは、話し手も承知している。
だから言葉は続く。
『いいお話だと思うんですけどねぇ。お相手もなかなか良い方だそうですし』
「別に縁談じゃねーんだから……」
ようやく返答があった。
口を開いた男は床に座り込み、肩にかけた毛布で体の大部分を覆っている。その毛布から出した両足の方を見ると、緑の和服を着た幽霊が男の片足に筆で何やら書き込んでいた。実は毛布の下は素っ裸で、既に足裏を除いた全身に、経文とも呪文とも文字化けともつかない記号がびっしりと書き込まれているのだった。
『分かってますよ。何しろ自らの生死に関わる話です、慎重になるのも無理はありません』
「問題はそこじゃないと思うんだけどなぁ」
「あいつと手を組んで、餌が手に入る以外に良い事があるかって意味?」
「ううん、そっちでもないよ。……はい、両足終わり。念には念を入れとこうか、尻尾出してー」
次いで会話に参入してきた幽霊の少年が立ち上がり、男にも立つよう促した。きょとんとした表情だけを返してくる相手を見て、「そういえば教えてなかったね」と再びしゃがみ込み、男が毛布の他に唯一身につけている装飾品――銀の鎖に繋がれた頭蓋骨(スカル)のペンダントトップ――を指さして何か教え始める。
最初に話を振った声の主に説明内容は届かなかった。男の斜め後ろに置かれた大きな作業台の上から、盛大ではないが耳障りな電動ドライバーの音が発生したからである。
「……あの、セラさん」
『何でしょうか?』
問いかけたのはドライバーの持ち主、ツナギ姿の灰色髪の少女。
答えたのは最初の声の主、一見ただ作業台に置かれているだけの、ナエトルのぬいぐるみ。
「今、手首の火炎放射器をチェックしてたら、こんなものが」
少女は両者の間に横たわるものをドライバーの先端で示した。それからぬいぐるみの首が動かないことを思い出し、ドライバーを置いた手でぬいぐるみを抱えて、その顔を問題のものへ正対させた。
目を閉じて横たわるバシャーモの身体。胸の羽毛の下に隠れた蓋が外され、金属製の骨格(フレーム)や小型の計器類などがむき出しになっている。胴体同様に開けられた左腕も肘から先の外枠が半分取り除かれていて、手首に炎を供給する器官と人工筋肉、七色の配線(ワイヤーハーネス)が見えていた。
問題は配線を巻き付けられた、生物で言う尺骨と橈骨(とうこつ)に相当する金属の棒だった。
チューブで包まれたコードが肘から手首まで縦に走るなら、横にもう一組。
骨とコードをまとめて束ねるように、無数の細い鎖で作られた腕輪がはめられていた。
『ああ、これは……はは、面白いことを考えましたね……』
「……ど、どうしたんですか?」
ぬいぐるみに声を吹き込む人物が、心底おかしそうにくつくつ笑い始めた。
疑問符を浮かべる少女にはお構いなく。
『ああ、失礼、あんまりにもおかしくて。……これ、私が彼に贈ったものなんです。確か一昨年のクリスマスだったかと』
「え、そうなんですか!?」
「一昨年のクリスマスっつーと、あのブレスレット? あれって確か2本1組じゃなかったか?」
若干姿勢を変えながら男が口を挟んでくる。わずかな間に何をしたのか、毛布の下に金色の尻尾が揺らめいていた。自由に動くのは8本。幽霊の手がもう1本を捕まえ、ふかふかの体毛の間をかき分けて地肌に筆を滑らせている。
中腰になっても彼は少女に背を向けたまま、振り向きもしない。少女も彼の方は絶対に見ない。
台に置かれるついでにそんな二人の様子を見て、ぬいぐるみはもう一度、くすっと笑う。
『ええ、2つ送りました。もう1つはそこに見あたりませんか?』
「ここにはないです。……まさか、右腕にも」
「いくら何でもそれはねーよ、だいたい体ん中に仕込んでるって時点で意味不明だし。普通ブレスレットは手首の上からかけるもんだろ」
「手首につけたら炎で溶けるからじゃないかな。あ、動かないで、文字が歪んじゃう」
自分の身体に謎の細工を施した張本人は作業台の上で目を閉じている。
より正確に言うと、サイドテーブルの上に飾られた水晶玉の中で眠っている。
『でしたら、もう1つはきっと別の場所に、大事にしまってあるんでしょうね』
ぬいぐるみの中で、あるいはこの部屋ではない別の場所で、ぬいぐるみの持ち主は微笑む。
「別の場所、ねぇ……」
再び幽霊の指示により男が立ち上がった。
大きく動いたことで肩から毛布が滑り落ちる。彼はとっさに伸ばした手でそれの裾を捕まえ、とりあえず腰に巻き付けて前だけ覆った。密集した尻尾が邪魔で体の後ろまでは回せなかったが、その尻尾を広げれば必要な範囲は隠せるので問題はない。
ぬいぐるみの方を見やった顔ももちろん、およそ皮膚のある部位すべてに筆が入れられ、鎖のように文字が連なっていた。ご丁寧に耳たぶまで。
『それで結局、どうするんです?』
「今書いてるこれのこと? もしあの子が本気で本部長を呪ってきてもこれで防げるから、しばらくは時間稼ぎながら様子見だね。目を覚まして本気出して襲ってこられたら、今の僕らには対処法ないでしょ?」
『いえ、そっちではなく、縁談の話です』
「…………」
「…………」
『……何かまずいこと言いました?』
「別にー……」
話が振り出しに戻った。
この最初の問いに、正確で明瞭な答えを出せる者は最後まで現れなかった。
例の島のほぼ真北にそびえる火山、その山頂にてある“契約”が交わされるのは、この会話からちょうど一日後のこととなる。
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プロフィール
HN:
Rista
HP:
性別:
非公開
自己紹介:
化屋月華堂(親サイト)&カフェ「パーティ」(子サイト)管理人。今のところ活動は後者の方が活発。
一応今は社会人なので控えめに動いてるつもりだが、その割に子供じみた言動も多々ある。自覚あり。
ちなみにブログ名は“カフェパにのめり込んで離れられなくなった人”を指す造語に由来。
あなたは大丈夫ですか?
一応今は社会人なので控えめに動いてるつもりだが、その割に子供じみた言動も多々ある。自覚あり。
ちなみにブログ名は“カフェパにのめり込んで離れられなくなった人”を指す造語に由来。
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